第三問
今日の太田問題はクイズ番組の歴史から出題です!
いまネットクイズが盛んに行われるのも
その原型となりましたクイズ番組があったからこそといえます。
日本初のクイズ番組といわれているのは
昭和21年から放送され、実に17年放送された
NHKのラジオ番組
「話の泉」
「泉ピン子じゃないの!!!」
「一番多く寄せられた相談が嫁姑問題です」
「そんなわけないでしょ!」
一方、昭和40年ごろになりますと
今までは一人一人が答えたりボードに書いたりする
クイズ番組からより緊張感を持たせるために
わかった人はボタンを押し
一番早く押した人が答えることができる
早押しクイズが主流になりました。
そこでいわゆるクイズマニアの存在も
多く存在し、一躍子供たちのヒーローとなったのが
パソコン関係の会社に勤めていた高橋さん
「高橋名人じゃないの!
高橋名人はファミコンでしょ!
それにまだこの頃にファミコンはなかったじゃないの!」
「あまりに影響力があったのでクイズは一日1時間
という流行語も生み出しました」
「そんなわけないでしょ!!!」
昭和50年ごろになりますと視聴者参加型クイズ番組の
黄金期となりまして数多くのクイズ番組がありました。
その中には「文学歴史の20」
のフレーズでもおなじみ
現在でもこのジャンルわけがクイズ界の主流となっている
クイズグランプリ
現代は時間との戦いです
のセリフでおなじみ
個人の戦いにスポットを当て1分という時間をうまく使った
クイズタイムショック
正解するとゴンドラが1段上がりますが
不正解だとゴンドラがさがる
アップダウンクイズ
「これ!お笑いウルトラクイズじゃないの!」
平成になりますと視聴者参加番組がなりをひそめ
かわりに芸能人が参加するクイズ番組が
主流となりました。
その中でも商売というテーマで
正解数が多くてもスロットの金額が勝敗の決め手となる
クイズ世界はSHOWBYショーバイ
そしてあるなしクイズやマジカルバナナの
名物クイズを生み出した
マジカル頭脳パワー
これらの名物番組が存在しましたが
視聴者参加のクイズ番組が激減してしまいました。
そのあらたな活動の場として
このネットクイズがあるわけです。
そしてクイズ番組で忘れてはいけないのが
いまや伝説となっている
ニューヨークへ行きたいか!!!
でおなじみのアメリカ横断ウルトラクイズ。
その当時のクイズ番組の常識を打ち破り
スタジオではなくアメリカの各地でクイズを行い
負けたら罰ゲームを受け日本へ強制送還。
また、問題を自分で拾ってこなくてはいけないバラマキクイズや
間違えると泥まみれになるドロンコクイズなど
これまでのクイズ形式の概念を覆す
今のネットクイズにも大きな影響を与えた番組といえます。
それではここで!
常識の時間!
当時、ウルトラクイズが放映された
日本テレビではこれまでの
テレビの歴史を振り返る番組をやり
その中にはもちろん!
ウルトラクイズも紹介され
初代司会者の福留さんも
出演しました!
その時、ゲストに○×クイズを
出題しましたが
そのときの商品は
ウルトラクイズにちなんだ
あるしゃれたものでした。
その商品とは
いったい何でしょう?
五木ひろしの物まねで
おこたえください!
「やっと元の大きさに戻れた^^;
みなさんは物まねしなくていいですからね^^;
普通に答えてくださいよ」
「ヒントとしては、商品は今は亡き淡屋のりこ先生が
もらってました」
「そんなのヒントになって無いですよ^^;
ウルトラクイズにちなんだ商品って
ウルトラクイズのグッズとかですか?」
「いいや、普通にスーパーやコンビニとか
みんなでも普通に買えるものです」
「え?それのどこがウルトラクイズに
関係あるの?
私、ウルトラクイズが放送していた時に
うまれていないからわからなーい」
「もう、歳ごまかすのは痛い年齢だぞw
ここまでの問題文にもちろんヒントが隠れています!
それに私、あれを封印しましたから」
「え?封印?」
「ヒントはここまで!!!」